今月のおすすめ、生ハムのピザ

生ハムのピザ。スペイン産イベリコ豚の生ハムが入荷しました。
2年間熟成の香り高い生ハムです。
チーズはレッドチェザーと組み合わせてルッコラをトッピングしました。

29年3月20日生ハムのピザ - 1
1500円

なごり雪というには

三寒四温というがちと激しい寒暖の差である。由布岳も冬の雲に覆われて空一面がどんよりと沈み込んでいる。
気温は日中でも3度、雪も春の雪ではなく粉雪のような冷たい雪が舞っている。
せっかく咲いた梅の花が霜に焼けて色あせてしまった。そこへ冷たい雪が降りそそぐ。
何と淋しい眺めであることか。なごり雪というには寒すぎる。
気分転換にイルカの『なごり雪』を。3年前のブログを再掲。

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梅〜は咲いぃたか桜はまだかいな、
などと鼻歌を唄っていたら雪が降ってきた。
雪はみぞれになり、また雪になり、
時折青空がのぞいたりといそがしい。
カメラを片手に庭へ出る。
梅の花に雪解けの冷たい雫が硬質の光を放っている。
写真を撮りながら雪の積もった露地を歩いていると
いつの間にか、鼻歌がイルカのなごり雪に変わっていた。

なごり雪





紅梅-1


紅梅-2


紅梅-5


紅梅-3


紅梅-4


岩、木等 - 1

お雛さま

ピアノ教師のM先生は30年来のお客様です。先日おうちへパウンドケーキを届けたさいにお邪魔して雛飾りを見せていただきました。
応接室兼ピアノ室に華やかな雛壇が二つ飾られています。
小さい方はM先生の初節句の時の物でかれこれ70年が経つといいます。大きい方はお嬢様の初節句の時の物で30年ほど前の雛飾り。
時代の違いがよく分かり面白いです。


雛飾り7


古い方のお内裏様です。
雛飾り2


新しい方のおひな様。
雛飾り6


古い方の官女
雛飾り4


かわいい雛壇も飾られていました。
雛飾り5





阿蘇内牧温泉

「肥後の赤牛、豊後の黒牛」と言われ熊本県では赤牛の放牧が盛んです。阿蘇の草原では赤牛がのんびり草をはんでいます。
この赤牛を使った赤牛丼が人気の阿蘇内牧温泉の「いまきん食堂」へ行ってきました。
ネットでも評判で行列の出来る店です。以前一度行ったのですが、順番を待ちきれず他の店へ行ってしまいました。二度目のチャレンジです。
商店街が何ともレトロでしたので待っている間に撮った写真です。



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宇佐神宮行幸会にまつわる神社を巡って来た。

この秋、宇佐神宮の二大神事の一つ『行幸会』にまつわる幾つかの神社を巡ってみました。



行幸会にまつわる神社1
宇佐神宮

行幸会にまつわる神社3
宇佐神宮三角池

行幸会にまつわる神社2
安心院町 妻垣神社

行幸会にまつわる神社6
妻垣神社 忠魂碑

行幸会にまつわる神社5
箭山神社(薦神社の奥宮といわれています。)

行幸会にまつわる神社4
箭山神社の磐座

行幸会にまつわる神社7
奈多八幡宮

行幸会にまつわる神社17
奈多八幡宮沖 市杵島

行幸会とは?以下『神社と古事記』より
http://www.buccyake-kojiki.com/archives/1056659488.html

宇佐神宮の行幸会(ぎょうこうえ)とは、宇佐神宮大宮司をはじめとする神官たちが、八幡大神の御験である薦枕を奉じて、八摂社など八幡神の縁故の社を巡る巡幸行事を指し、放生会とともに宇佐神宮における二大神事の一つである。

その始まりについては、八幡大神の東大寺大仏拝礼の年である天平勝宝元年(749年)、または八幡大神の大尾山遷座の年である天平神護元年(765年)の2説が有力。

いずれにせよ、奈良時代から始まった神事で、当初は4年に一度行われていたが、平安時代初期の弘仁2年(811年)からは6年に一度・卯の年と酉の年に行われるようになった。

5日間の巡幸行事を中心とする前後5ヶ月間にわたる神事で、豊前・豊後・日向3国7郷の人々が2年間にわたって準備するという大規模なものだった。

そのため、莫大な経費を要したことから、鎌倉時代以降は長期の中断を余儀なくされ、江戸時代の初期、元和元年(1615年)になり、細川忠興によって150年ぶりに挙行されたが、その後は再び廃れた。